リウマチは進行性の病気

私の父親は、健康であることの大切さをいつも口にしていました。

私が子供の頃、勉強ができなくても体が丈夫であれば大丈夫、少々頭の回転が遅くても、お金の計算ができて、料理ができれば十分であると言っていました。

健康で働く事ができれば、私たちの成長を見届けることができれば、いつ死んでも悔いはないと言っていました。

リウマチではなかったのですが、言葉通りに還暦を過ぎた頃に倒れ「仕事は休めば体が楽になるけれど病気は四六時中楽になることは無い。健康で働けることが一番の幸せである。仕事ぐらい良いものはない。金儲けほど良いものはない。」

という言葉を残して逝ってしまいました。

私は父の墓参りをするたびに、健康であることのありがたさと怪我をしてしまったことを詫びています。

怪我であり、リウマチのように進行していくものではないけれども、膝の骨が砕けてなくなっているので、骨が生えてくるわけはないから元に戻ることはないし、健康な身体であっても歳を重ねるごとに衰えていくことを思えば不安です。

人の一生も分からないもので、リウマチのように生涯の治療を必要としながら生きて行かなければならない人もいれば、事故死や突然死で親よりも先に逝ってしまう人もいます。

人生いろいろと言われるように人の一生はさまさまで有ると思います。

私もそうですが、困難があっても、どんなに痛い目にあっても人はそれを忘れて生きて行くのが不思議に思います。

生きていくことへの執着心は何であろうとも思います。

誰一人として同じような運命は無いけれども、私のように不自由な身体になると、生き延びることの意味が何であろうと考えてしまいます。

多分、私がそうであるように、一生付き合っていかなければならないリウマチのような病気や怪我をした人は運命として受け入れることしかできない悲しさを,身をもって知ることに成ります。

しばらくすると、絶対に治ると信じるようになります。

そして現実に引き戻されるという繰り返しの毎日がやってきます。

周りの人たちに助けられながら、励ましを受けながら、迷惑をかけながら、生きる執着心を持ちながら・・・。